大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成8年(行ウ)118号 判決

原告

岩崎正春

右訴訟代理人弁護士

岡本栄市

原告

岡本栄市

右原告ら訴訟代理人弁護士

真鍋正一

細見茂

河田毅

井上善雄

吉田肇

小山操子

藤原道子

被告

大阪市長磯村隆文

右訴訟代理人弁護士

田中義則

主文

一  被告が平成六年九月九日付けで原告岡本栄市に対してした「大阪府公害審査会昭和四六年(調)第二号公害調停事件に弁護士を代理人として選任する必要性を示す文書、その選任により要した費用の支出関係書類」についての部分公開決定(大計第七三九号、但し、平成八年五月一六日付け異議決定により一部取消された後のもの)のうち、別紙①②の部分を非公開とする部分を取消す。

二  被告が平成六年一一月一六日付けで原告岩崎正春に対してした「大阪府公害審査会昭和四六年(調)第二号公害調停事件に弁護士を代理人として選任する必要性を示す文書、その選任により要した費用の支出関係書類」についての部分公開決定(大計第一〇一一号、但し、平成八年五月一六日付け異議決定により一部取消された後のもの)のうち、別紙①②の部分を非公開とする部分を取消す。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同じ。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告岡本は、大阪弁護士会所属の弁護士であり、原告らは、いずれも大阪市内に住所を有する。

2  原告岡本は、大阪市公文書条例(以下「本件条例」という。)に基づき、平成六年八月二六日、本件条例二条一号において実施機関とされている被告に対し、公文書である「大阪府公害審査昭和四六年(調)第二号公害調停事件(以下「本件調停事件」という。)に弁護士を代理人として選任する必要性を示す文書、その選任により要した費用の支出関係書類」の公開を請求した。

3  原告岩崎は、本件条例に基づき、平成六年一一月二日、被告に対し、前項の公文書の公開を請求した。

4  被告は、右2の請求に対しては平成六年九月九日付け大計第七三九号をもって、右3の請求に対しては同年一一月一六日大計第一〇一一号をもって、いずれも、請求に係る文書は、「公害調停の終結処理に関する本市代理人の選任及び同着手金の支出について」と題する文書(乙第一号証、以下「本件文書一」という。)及び「大阪府公害審査会に係属中の調停(昭和四六年(調)第二号(中津コーポ事件)の終結処理にかかる経費の支出について」と題する文書(乙第二号証、以下「本件文書二」という。)であるとし、そのうち別紙①②の部分(以下「本件非公開部分」という。)を含む部分を非公開とし、その余を公開する旨の部分公開決定(以下併せて「本件原決定」という。)をした。

5  本件原決定に対して、原告岡本は平成六年一一月二日、原告岩崎は同年一二月一六日、それぞれ異議申立てをした。

6  被告は、右5の各異議申立てについて決定するため、本件条例一二条二項に基づき大阪市公文書公開審査会に諮問し、同審査会は、原告らの各異議申立てを併合して審査し、平成八年四月一九日、本件原決定において非公開とした部分のうち、本件非公開部分以外の部分については公開すべきであり、本件非公開部分についてはこれを非公開とした被告の判断は妥当である旨の答申を行った。

7  被告は、右6の答申に従い、平成八年五月一六日付けで、本件原決定において非公開とした部分のうち本件非公開部分以外の部分を公開する旨の決定(以下「本件異議決定」という。)をした。

8  しかしながら、本件原決定のうち、本件非公開部分を非公開とした部分は違法であるから、原告らは、被告に対し、本件原決定(但し、本件異議決定により一部取消された後のもの)のうち本件非公開部分を非公開とした部分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし7の事実はいずれも認める。

三  被告の主張

1  本件条例六条は、「実施機関は、次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書については、公文書の公開をしないことができる。」と定め、その三号において、「法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。 ア 人の生命、身体又は健康を害し、又は害するおそれのある事業活動に関する情報 イ 人の財産、生活に対して重大な影響を及ぼす違法又は不当な事業活動に関する情報」を掲げ、その八号において、「本市の機関又は国等の機関が行う取締り、監督、立入検査、入札、交渉、争訟、許可、人事等の事務事業に関する情報であって、公開することにより、当該事業事務若しくは将来の同種の事務事業の目的を損ない、又はこれらの事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生じると認められるもの」を掲げている。

2  本件非公開部分には、大阪市が本件調停事件の処理を平成二年六月六日大阪弁護士会所属の川本権祐弁護士及び玉生靖人弁護士に委任したことにより右両弁護士に対して平成二年度予算で支払われた着手金の額及びその算定の際考慮された事項、本件調停事件が終結したことにより右両弁護士に平成五年度予算で支払われた報酬金の額及びその算定の際考慮された事項(以下、これらを「本件情報」という。)が記録されている。

3  本件情報は、以下の理由から、本件条例六条三号本文及び同条八号に定める情報に該当するから、これを非公開とした本件原決定は適法である。

(一) 本件条例六条三号本文該当性について

弁護士報酬の額は、事件の難易、依頼者の受ける経済的利益等の客観的事情が同種の事案であっても、個々の弁護士又は個々の依頼者により異なる。それは、個々の弁護士においてどのような訴訟事件をどのような報酬額で受任するのかという弁護士の事業活動上の方針等を反映する性格を帯び、弁護士の事業活動を行う上での内部管理に属する情報である。

このような弁護士報酬の額及びその算定の際考慮された事項についての本件情報が公開されると、これを知った当該弁護士の他の依頼者が報酬額が異なることなどを理由に当該弁護士との信頼関係を損ねるなど、当該弁護士にとってその事業運営が損なわれ、その正当な利益が害される。

(二) 本件条例六条八号該当性について

本件情報が公開されると、大阪市の本件調停事件についての経済的利益や事件の難易度等に関する認識及び右両弁護士の弁護活動に対する評価等が明らかになる。そして、本件調停事件と異なる事件を大阪市から受任している弁護士が、自己の報酬額と本件の報酬額とを比較することにより、受任事件の経済的利益や難易度等が正当に認識されていない、又は自己の弁護活動が正当に評価されていないとして、大阪市に対して不信感を抱くことも十分予想される。このようなことになれば、大阪市が訴訟事件の処理を委任している弁護士、ひいては今後争訟事務の処理を委任することとなる弁護士の理解、協力を得ることが困難となり、その結果、大阪市における訴訟事件及び将来の争訟事務の円滑な執行に支障が生じる。

四  被告の主張に対する原告らの認否・反論

1  被告の主張1及び2は認め、同3は争う。

2  情報の公開を求める権利、いわゆる「知る権利」は、憲法二一条によって保障されており、それは、民主主義の基本的前提である。本件条例二条二項所定の公文書はあくまでも公開が原則であるから、その例外を定めた本件条例六条は厳格に限定解釈されるべきである。

3  弁護士業務では、その公共的性格から、一般の営利事業のように報酬の額を自由に決定することは認められておらず、日本弁護士連合会の定める日本弁護士連合会報酬等基準規程及び所属弁護士会の定める報酬規定(大阪弁護士会においては、大阪弁護士会報酬規定)に従って弁護士報酬の額を定めることを義務付けている。しかも、右弁護士報酬規定は公表されているから、弁護士報酬の額及びその算定方法を秘密にする必要はない。

弁護士報酬の額は、右報酬規定を基準にしながら、事案の個別事情を考慮して増減しているのであり、どの弁護士もこの報酬の決め方に大差はないから、当該弁護士の事業活動上の方針を示すとはいえないし、仮に報酬額が事業活動上の方針を反映しているとしても、特定の事件の報酬額だけから右方針が明らかになるものではない。

また、依頼者が地方公共団体のような公法人である場合、弁護士との契約は、市民の信託を受けて公金を支出するものであるから、弁護士が私人と契約する場合よりも、より一層右報酬規定に従った公正な報酬額の決定がされる必要があるし、その公正な決定とそれに対する市民の信頼を確保するために弁護士報酬額を公開する必要がある。

したがって、本件情報は、本件条例六条三号にいう「経営方針、経理、人事等の事業活動を行う上での内部管理に属する事項に関する情報」には該当しないし、弁護士報酬の額が明らかになったからといって、当該弁護士との信頼関係を損ねるなど、当該弁護士にとってその事業運営が損なわれ、その正当な利益が害されるということも考えられない。

4  弁護士は、依頼者との間で正当に報酬額を決定しているなら、他の弁護士の同種事件の報酬額がそれと異なることを知ったからといって、当該依頼者に不信感を抱くこともないし、文句を言える立場にもない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の「書証目録」及び「証人等目録」記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因事実及び被告の主張1及び2は、いずれも当事者間に争いがない。

二1 住民に公的な情報に対する開示請求権を付与するか否か、いかなる限度で、どのような要件の下で付与するかについては、いずれも当該地方公共団体における立法政策の問題であり、具体的な情報公開請求権の内容、範囲等は、各条例の定めるところによる、というべきである。

2 本件条例においては、本件条例は、公文書の公開について必要な事項を定めることにより、市民に公文書の公開を求める権利を保障し、もって市民の市政参加を推進するとともに、市政に対する市民の理解と信頼の確保を図ることを目的とするものである(一条)、実施機関は、この条例の解釈及び運用に当たっては、公文書の公開を請求する市民の権利を十分尊重するとともに、個人に関する情報の保護について最大限の配慮をすべき責務を有する(三条)、実施機関は、公文書に六条所定の非公開事由に該当する情報が記録されている部分がある場合において、その部分を容易に、かつ、公開請求の趣旨を損わない程度に分離できるときは、右部分を除いて公開を行う(七条)、実施機関が公文書の全部又は一部の公開をしない旨の決定をするときは、その書面にその理由を付記しなければならない(九条三項)旨の各規定が設けられており、実施機関が公文書の公開をしないことができる非公開事由が六条において列挙されている。これらの本件条例の各規定に照らすと、本件条例によれば、公開請求された文書が本件条例二条二項の「公文書」に該当する以上、被告はこれを原則として公開すべきであって、本件条例六条所定の非公開事由があることは、実施機関である被告においてこれを主張・立証すべきものと解するのが相当である。

3  本件非公開部分は、大阪市の機関が職務上作成した文書の一部であることが明らかであり、本件条例二条二項所定の公文書に該当するから、被告は、本件情報につき本件条例六条所定の非公開事由がない限り、これを公開すべきである。

三  そこで、以下、本件情報が本件条例六条三号本文及び同条八号に掲げる情報に該当するかどうかを検討する。

1  本件条例六条三号本文該当性について

(一)  本件条例六条三号本文は、法人その他の団体や事業を営む個人の事業活動に係る利益を保護することを目的として、これらの者の保有する生産技術上又は販売上の情報や経営方針、経理、人事等の事業活動を行う上での内部管理に属する事項に関する情報であって、公開することによりこれらの者の事業運営が損なわれると認められるもの、その他公開することによりこれらの者の名誉、社会的評価、社会的活動の自由等が損なわれると認められる情報を公開しないことができる旨定めたものである。

そして、弁護士の行う業務は、営利を目的とするものではないが、反復継続して行われる経済的活動であるから、本号にいう「事業」に該当することはいうまでもなく、その事業活動上のノウハウや内部管理に属する秘密事項が本号によって保護されるべき利益に当たることもまた明らかである。

(二)  ところで、一般には、弁護士報酬の額は、日本弁護士連合会及び各弁護士会の報酬規定に従って、その事件の対象の経済的利益の価額又は当該事件処理により確保した経済的利益の価額によって求められる基本報酬額を、当該事件の内容すなわち事件の難易、軽重、手数の繁簡及び依頼者の受ける利益等、依頼者の資力、依頼者との人間関係等の諸事情を考慮して増額又は減額し、弁護士と依頼者との協議の上個別的に定められる。

したがって、それは、常に事件の内容やその経済的利益の価額のみにより画一的に決定されるものではなく、依頼者と弁護士との人間関係や、その弁護士の事業活動上の方針等も反映され、その限りで、当該弁護士の他の依頼者や他の弁護士に対して、弁護士業務上の内部管理に属する秘密事項として保護すべき面もないとはいえない。

(三)  しかしながら、本件情報は、地方公共団体である大阪市が本件調停事件の処理を川本弁護士と玉生弁護士に依頼したことにより支払った弁護士報酬の額とその算定に当たって考慮されて事項についての情報であり、私人や会社が支払った弁護士報酬の場合とはやや趣が異なる。すなわち、地方公共団体が支払う弁護士報酬の額は、予算の適正な執行という点からも、日本弁護士連合及び各弁護士会が定めた報酬規定による基本報酬額や当該事件処理により確保した経済的利益の価額により、一定の基準に基づいてできる限り客観的に決められるべきものであり、依頼を受けた当該弁護士もそれを承知でこれを承諾するもので、その決定に当たって依頼を受けた弁護士との間の人間関係は考慮されるべきではない。このような意味において、地方公共団体が支払う弁護士報酬の額は、私人や会社が支払う弁護士報酬の額よりも、より定型的に算出される傾向があるといえる。このような弁護士報酬額及びその算定に当たって考慮された事項が明らかになったとしても、当該弁護士の他の依頼者が自己の支払った報酬額と比較するなどして、当該弁護士の事業活動上の内部管理に属する営業上の方針が明らかになって、当該弁護士と依頼者との信頼関係が損なわれるとは考えられない。

(四) 被告が主張する事由は、本件条例六条三号所定の非公開事由の説明としては不十分であって(なお、被告は、本件情報のうち、弁護士報酬の算定に当たって考慮された事項について、被告の主張3(一)以外の事由を主張・立証しない。)、他に同号所定の非公開事由があることを認めるに足りる証拠はない。

2  本件条例六条八号該当性について

(一)  本件条例六条八号の趣旨は、大阪市の行う事務事業の目的を達成し、公正、円滑な執行を確保する見地から、公開すると当該事務事業や将来行われる同種の事務事業を実施しても、所期の成果が得られず、実施する意味を失い、あるいは、特定の者に利益を与える等の不公平を生じたり、経費が著しく増大し、又は事務事業の実施の時期が大幅に遅れて行政の質の低下を来したり、事務事業の実施のために必要な関係者の理解、協力が得にくくなったり、大阪市の経済的利益等を損なったりすることになる情報については、これを公開しないことができるというものである。

(二) 本件情報に係る弁護士報酬は、地方自治体が支払った弁護士報酬であって、その性質は、前判示のとおりである以上、本件情報(その額及びその算定に当たって考慮された事項)が公開されたとしても、それは、大阪市の予算執行の内容が公開されたもので、報酬額の決定が適正にされている限りにおいては、それによって、大阪市から依頼を受けた他の弁護士が大阪市に不信感を抱き、それによって、大阪市における同種の事件処理を行うにつき支障が生じる事態はあり得ないというべきである。

また、調査嘱託の結果によれば、大阪府、徳島県及び徳島市等の地方自治体においては、すでに事件処理の依頼により支払った弁護士報酬の額を公文書公開条例に基づく請求に応じて公開した例があり、そのうち大阪府の担当者は、その報酬は府が定めた一定の基準に基づきその額を支出するという定型的な処理をしており、公開することによる具体的な支障は生じない」と判断していることが認められる。

(三) 被告が主張する事由は、本件条例六条八号所定の非公開事由としても説明不十分であって(なお、被告は、本件情報のうち、弁護士報酬の算定に当たって考慮された事項について、被告の主張3(二)以外の事由を主張・立証しない。)、他に同号に該当する事由は認められない。

四  以上のとおり、被告主張の非公開事由はいずれも認められないから、本件情報は、本件条例に基づいて公開されるべきであり、本件原決定(但し、本件異議決定によって一部取消された後のもの)中本件非公開部分を公開しなかった部分はいずれも違法であるから取消しを免れず、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官八木良一 裁判官加藤正男 裁判官西川篤志)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例